杉本哲太が神津はづきと熟年離婚! おしどり夫婦に何があった?
(04/17)

俳優の杉本哲太が2026年3月10日、自身のインスタグラムを通じて女優の神津はづきとの離婚を発表した。
1992年の結婚から34年という長い歳月を共に歩んできた2人の決断は、芸能界に大きな衝撃を与えている。

杉本哲太は2025年に還暦を迎え、近年では『あまちゃん』や『相棒』シリーズなど、数多くの話題作で名バイプレイヤーとして不動の地位を築いている。
一方n神津はづきは、近年は刺繍作家としての活動を本格化させており、その独創的な作品群は高い評価を得ていた。
これまでおしどり夫婦として知られていただけに、突然の熟年離婚に対し「なぜこのタイミングで」と驚きの声が上がっている。

2人の歩みは、まさに正反対の背景を持つ者同士の融合であった。杉本哲太は10代の頃、暴走族のメンバーとして活動していた異色の経歴を持つ。
その後、横浜銀蝿の弟分であるロックバンド『紅麗威甦』のボーカルとしてデビューし、革ジャンにリーゼントという硬派なスタイルで人気を博した。
一方、神津はづきは作曲家の神津善行を父に、昭和を代表するスター女優・中村メイコを母に持つ、芸能界屈指の名門の次女として育った。

知人を介した食事会をきっかけに交際をスタートさせ、1992年にゴールインした2人は一男一女を授かった。しかし、その生活は当初から波乱に満ちていた。杉本哲太はかつてのインタビューで、新婚当時は夫婦喧嘩が絶えず、激情に任せて電話の子機を投げ壊すこともあったと述懐している。

神津はづきも当時を振り返り「結婚はハズレだった」と後悔した瞬間があったと明かしている。また、杉本哲太は都内に自宅を構えるまでの約10年間、神津家の実家で同居する"マスオさん状態"を経験しており、名門一家の義父母に囲まれながら肩身の狭い思いをしていた時期もあった。

衝突を繰り返しながらも互いを尊重し合い、関係を修復してきた2人だが、2026年2月には杉本哲太が家族と過ごした自宅を出て別居を開始。
離婚の真相について、神津はづきは取材に対し穏やかな表情でこう語っている。

「どちらが切り出したわけでもなく、自然な成り行きだった。杉本哲太は俳優としてさらに芸を磨きたいという情熱があり、私も刺繍や執筆といった創作活動に専念したい時期に来ていた。子どもたちが自立した今、無理に家族という枠組みを維持するよりも、個々の時間を大切にする方がお互いにとって自由になれると考えた」

神津はづきは、34年間を共に過ごした杉本哲太を"良き友人"と表現している。
また、2023年末に他界した母の中村メイコが遺した「人生は喜劇」というポジティブな死生観も、今回の前向きな決断を後押ししたようだ。

杉本哲太と神津はづきは、長年背負ってきた理想の夫婦という看板を下ろし、第2の人生を歩み始めた。それぞれの道でさらなる飛躍を目指す2人の今後を、世間は温かく見守っている。(船越)


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